こんにちは。
のりたろうです。
本日のトライアスロントレーニング
本日のトライアスロントレーニングは、ランニング3kmでした。
ここ最近冷え込んできましたので、手が寒くて、手袋をしながらのランニングでした。
明日は、土曜日ですので、なんとかスイムの練習に行きたいなと思っています。
ぼーっとすることの効用
最近ぼーっとすることが減ったなと思います。
暇な時間に耐えられないかのように、何もなくてもスマホを見てしまっている。
スマホを見ながら、何確認しようかなって考えている。
最近、こんな感じです。
しかも、スマホを見た時間分の情報が頭の中に残っていない。
これは、喪失感があります。
虚しさというか。
僕の時間が何もないことを使われてしまった感がすごくするんです。
多分、スマホがなければ、ぼーっとしたとしても、1時間程度。
1時間も耐えられず、何か行動をし始めるように思います。
でも、スマホはいくらでも情報が出てくるので、何時間でも見てしまいます。
これが良くないんだろうと思いますが、いくらでも出てくる情報には、決して自分が求めているものではなく、人間の本能的に見てしまうような動画が並んでいます。
僕たちの時間が、そんな動画によって奪われてしまっている。
本当は、自分と向き合う時間や頭を整理する時間や、ぼーっとしてホッとできる時間を過ごせるはずなのに。
僕らは、スマホに人生を奪われ出しているように思います。
それに抵抗するには、ぼーっとする時間を意図的に作り出すことが必要かなと思います。
トイレに行っても、スマホを出さないなど、ちょっとしたことからでも始めていきたいなと思います。
僕たちの考えを書いた文章に意味がなくなる日が近い
最近、AIが出てきて、本当に便利になりました。
調べ物はとても速くできるようになりました。
今までよりも、自分が求めている答えにダイレクトな回答を得ることができるようになりました。
そして、キーワードを入れれば、自分の考えをまとめたり、記事を書いてもらうこともできるようになりました。
ということは、AIが書いた記事は、キーワード以外はただの飾りで、その飾りは誰の気持ちも入っていないものになっているのではないかと感じます。
つまり、キーワード以外は無意味なのではないかと思います。
ならば、キーワードだけ読むのでも良いのかなと思います。
こんなことを考え出したのは、今日、職場で、異動願いの話になった際、すでにほとんどの人が異動願いをChat GPTなどの生成AIを使用して書いていて、どんなことがしたいかやどんな仕事をしてきたかを入力し、希望している部署につながるようにそれっぽく文章を生成してもらえば、それなりの異動願いができてしまうという話をしたからです。
その異動願いを数千人分読むということに、経営層の時間を費やすくらいであれば、もう、キーワードだけ書いてもらって選んだ方がいいのではないかと思ったという話です。
私たちの文章にはほとんど意味がなく、その人自身の言葉のチョイスもなく、個性もでない。
自分が書いた文章が蓄積されており、自分の傾向を掴んだ文章を書いてくれるのであれば、まだ良いのかもしれません。
しかし、その場合でも、自分の書く文章も時事刻々と変化するため、その変化を反映させるには、自分で文章を書くしかないということになります。
文章ではなく、生のコミュニケーションがとても重要になってくる時代になったなと思いますし、生のコミュニケーションは贅沢品になるのだろうなと思います。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございます!
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